月落つれども天を離れず

お盆の中日である8月15日を盆休みでお過ごしの方、あるいは暦通りにお仕事の方もいらっしゃることと思います。私は、昨夜は地区の盆踊りで舞い、本日は早朝より故人のお墓参りなどをして過ごしております。

さて、表題にある「月落つれども天を離れず」ということばは、吉賀町合同法要(8月2日投稿)の際に、禅宗の僧侶が法話で語られた一節です。

心にのこることばでしたので、後にネット等で検索したところ、宮城県 善鷹寺副住職 星大晃様が法話で引用されておりました。星住職様によると、この禅語は『五灯会元』という中国の伝記に書かれており、「悟り(ほとけ)はどこから得られるのか」という弟子の問いに対して、禅師が「目に見える範囲から外れたとしても、月自身は相変らず天にある。悟りは特別な場所にあるのではなく、どこもかしこも悟りと離れない。」答えられた話が出典となっているとのことです。

先の合同法要では、「亡くなった人の姿は見えなくなったとしても、貴方を優しく見守ってくれている。」という意味で語られているものと拝聴し、大変心に沁みました。

成年後見活動に携わる専門職として、これまで11人の方の看取りに立会ってきました。故人を偲ぶ際に唱えたい言葉として胸に留めておきたいと思います。

お盆を過ぎると、風が涼しく感じられる日もあろうかと思います。皆様もどうぞご自愛ください。

 

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